【闘病ブログ】甲状腺機能低下症とうつ病と闘う私と・うつ病再発

ども、こんにちは、こんばんは!ローソンのモチ食感ロールがたまらなく大好きなミィナです。

 

今回で3回目の投稿となる甲状腺機能低下症の闘病ブログ。

 

前回までの記事はこちら

www.rococoro.xyz

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今回は現在治療中でもある「第二次うつ病について、書いていきます。

甲状腺機能低下症だとわかった後、発症したうつ病についてです。

 

前回と違いシリアスな所もあるので、読まれる方の気分を下げる可能性もありますがありのままを書いていこうと思います。

 

それではスタート★

 

目次

 

第一次うつ病が終わって絶好調だった期間

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第一次うつ病を周りの人の助けを得ながらなんとか寛解したワタクシ。

 

「もう大丈夫だ」

 

と色々な事に精が出だします。

 

そして今の旦那と結婚し、旦那の地元に引っ越し。

 

好きな人の近くにいて、好きな人と楽しく暮らせる満足感から絶好調な毎日を送っていました。

 

その間に不妊治療をきっかけに甲状腺機能低下症だとわかったりと色々ありましたが、仕事もフルタイムで働けるようになり、旦那とも大きな衝突などなく穏やかな毎日がすぎていっていました。

 

そんなある日、不妊治療の一環のホルモンバランスの調整が功をそうしたのか、念願の妊娠をしました、それはそれは二人して涙して喜び合いました。

 

ところが次の診察の時に担当医師から

「心音が確認できない、これはもしかすると・・・」

と言われ、内心ドキドキしながらそのまま入院することになりました。

 

結果・・・妊娠2ヶ月で流産となりそこから何かが変わり始めていました。

流産はしたけど、忙しさに忙殺されてそれどころではなかった日々

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流産して、二人ともしばらく落ち込みました。

 

病院の先生から「諦めずに治療を頑張りましょう」と励ましてもらい、この時は何とか調子を取り戻して日常生活に戻っていきました。

 

仕事をしながら忙しい毎日を過ごす日々。

 

そんな時に旦那の両親から

「離れに引っ越して暮らさないか?」

と提案があり、そこから怒涛の毎日が始まります。

 

この頃、私は介護士になるために勉強をしていました。

田舎なので働き口が少なく、旦那の母が介護士ということもあり安定した職場に転職しようと猛勉強中でした。

 

勉強をしながら、休みの日には住宅見学会に行ったり、展示場に行ったり、業者と打ち合わせをしたり・・・家でまったりくつろぐ時間もなく毎日が過ぎていきました。

 

家が完成して、介護職員初任者研修の資格も取り新しい職場で働き始めた頃それは静かにおとずれました。

 

なんとなく・・・調子が悪いな。しかも身体のあちこちが痛い・・・

f:id:mi_monsto_baka:20190113172806j:plain入社して2ヶ月頃の事、いつものように会社に行こうとするのですが腹痛・吐き気・頭痛・目眩と調子がものすごく悪い、背中を中心にいたるところが痛い・・・。

 

「なんか体調悪いなぁ・・・、でも会社いかなきゃ」

 

勤務開始をしても、しばらくすると立っていられない程の回転性のめまいに襲われる毎日。

 

突然、ボロボロ涙が出てくる情緒不安定さ。

 

異常なほどの体の倦怠感、身体の痛さ。

 

出勤しては早退する日が続き、ついには出社することすらできなくなりました。

 

そして精神科を受診し、3回目位の診察で

「中程度のうつ病ですね、休職しましょう」

と言われそのまま休職しました。

 

第二次うつ病の発症です。

 

単なる怠け者と思われる毎日、地獄の毎日・・・

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うつ病に突入した時は、旦那の両親に全く理解してもらえず責められる毎日でした。

 

しんどくて何も出来ないから寝てるのに

「そんな毎日グータラしてたらあかん。休んでいてもやる事はきちんとしなさい」

と言われ、反論もできずうなだれる毎日。

 

旦那も旦那でいまいち理解してなくて

「家にいるんだから、家事ぐらい出来るだろう」

という無言のプレッシャーをかけてきます。

(言葉には出さないですが、明らかな態度で示してきます)

 

言われる事が無いように最低限出来る事は出来る限りやっていました。

 

それはそれは地獄だった。

 

旦那の地元に引っ越したから、周りに友達もおらず相談などできない孤独感。

同じ敷地内に旦那の両親がいるから、常に監視されているような状況。

「働けない、働いていない」という負い目からのプレッシャー。

 

もうあたまの中がぐちゃぐちゃで毎日毎日泣いていました。

 

それでも言われまいと必死に家事を頑張った、それがだめだったみたいです。

 

誰にも助けてもらえず、ふらふらになりながら担当医の元に駆け込みました。

 

エヴェンゲリオン・・・じゃないけど活動限界まで・・・

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担当の先生はすごく親身に相談に乗ってくれる先生です。

 

号泣しているとさっとティッシュを差し出し、頭が回転しないからシドロモドロになっていても全くイライラすることもなく、患者と話すときはパソコンを見るんじゃなくて患者を見ながら話す・・・そんな先生です。

 

状況を説明すると

「とりあえず、出来る時間に30分以内で出来る事をやっていきましょう、それ以外の時間は堂々と休んでください」

と提案されました。

 

活動限界まであと30分作戦のスタートです。

 

担当の先生は薬漬けにする先生ではなく、事細かく状況を聞いてくれてその時の状況にあった薬を処方してくれます。

 

そして合言葉が

「やばくなったらすぐ駆けつける」

「重要な事は絶対に決めたらダメ」

でした。

 

うつ病になった原因として、結婚→田舎に引っ越し→流産→転職→新築計画→引越し→新生活スタート

 

と短い期間に、一気に環境が変わりすぎている事と、ストレスがかかったのが原因だといえます。

 

さらに旦那両親との折り合いの悪さ、近くに気軽に話せる友人がいない孤独感などがさらに悪くなる要因でした。

 

先生は

「あまり状況が変わらないようであれば、こちらから説明するからご両親と旦那さんを連れて来てください」

という事と

「これ以上酷くなるようであれば入院しましょう」

という逃げ道を作ってくれました。

 

両親&旦那は病院には行ってくれませんでしたが・・・

「入院」「活動限界」

という逃げ道が作られた事から、少し気持ちが楽になりました。

 

最後に:現在も治療中、毎日が一進一退

前回うつ病になった時は半年で良くなりましたが、今回はかなり苦戦しています。

 

うつ病と診断されてから既に半年が経過していますが、寛解されたとはいえません。

 

最初に比べたら寝たきりではないので、少しは良くなっているのですが、普通の生活に戻るのにはもう少し時間がかかりそうです。

 

旦那は毎日一緒に暮らす中で少しづつ理解してきてくれているのが良い方向へ向かって来ています。

 

旦那の両親は相変わらずですが・・・

 

毎日が一進一退です。

 

投薬と休養と。

 

なかなか上手くいかない毎日ですが、それでも精一杯生きています。

 

電池が切れると、発作が起こったり希死念慮で辛くなる日が多いですが、出来ることからコツコツとやって行きたいです。

 

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