学校の先生という存在がクソほど嫌いになった理由

ども、こんにちはこんばんは!ミィナです。

 

新学期が始まり、いじめなどの理由でどうしても学校に行きたくない、行けない人の話題が連日ニュースやYouTubeTwitterなどで取り上げられています。

 

ガチャピン公式チャンネルでも「学校へ行きたくない君へ。」と題して、学校に行けない、行きたくない人向けに動画が上がっています。

youtu.be

某YouTuberのゆ〇ぼんのような乱暴な表現方法ではなく、悩んでいる人に寄り添う姿勢で約4分30秒の動画になっており、見ていると心に響く良い動画になっています。

 

私も新学期になるたび、新学年になるたびに「あー、学校なんか行きたくないなぁ」と感じていた一人。不登校とまでは行きませんが学校に行かない事がしょっちゅうありました。

 

今回は学校に行きたくなくなった原因の学校の先生のエピソードを書いていきます。

 

 

Sponsored Links
?

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

当ブログで何度かお話させていただいているのですが、私(私たち兄弟)は小さいころから虐待をされて育ちました。

www.rococoro.xyz

虐待されている環境から、身なりも他の子と比べるとみずぼらしくて汚らしい恰好でした。毎日お風呂にも入れないのでとても「清潔」と呼べる身なりではありません。

 

それでも小学3年生の頃までは普通に学校に通っていました。まだそんなに周りの目も気にならず、周りもそんなにからかうような環境でもなかったからです。

 

でも学年が上がれば上がる程、周りと違う異質な存在として認識されるようになり、周りからも心無い言葉でからかわれる様になってきたのです。幼心にとても傷ついていました。

 

そんな中小学4年生の時に担任になった女の先生がいました。

 

まだ先生になって間もないらしく、私たちが初めて受け持つ学級担任だと始業式の日に話していた記憶があります。

 

新学年が始まってすぐに、やはり異質な存在の私は担任の目につく存在になり、「忌み嫌われている」というのが肌でヒシヒシと感じるほどでした。

 

そんなある日の朝礼の日。お風呂に毎日入れない私は自分で髪をとかしてはいるものの、髪ツヤもなくボサボサ頭です。

 

すると先生はみんながいる前で「〇〇さん、ちょっと前へ」と私を呼び出し、私の頭をまるで毛づくろいしながら何かを探すように触り始めたのです。

 

最初は「なんだ?」位に思っていたのですが、次の瞬間「〇〇さん、一体何日お風呂に入ってないの?こんな汚い恰好で学校にこないで。頭にシラミが湧いてみんなにうつったらどうするの?」と大きい声でみんなに聞こえるようにそう言い放ったのです。

 

毛づくろいのような作業はシラミが湧いていないかの確認作業。

 

あまりの恥ずかしさに私はみんなの顔を見る事が出来ませんでした。そして教室中からクスクス嘲笑うような笑い声。

 

私は居た堪れなくなり、教室から飛び出しその日学校に戻る事はありませんでした。

 

それからみんなの目が「あいつは不潔で汚い存在だ」と認定され、ばい菌呼ばわりされる様になりました。

 

ノートやテストの回収もわざと飛ばされたり、私が触れるものを次触るのを露骨に嫌がったり、クラス中からのいじめが始まったのです。

 

けしかけた原因を作ったのは担任の先生。先生も先生で「近寄らないで」と言わんばかりの対応の仕方です。

 

そこから地獄の1年が始まりました。みんなから虐められ、先生からも怪訝な顔をされ、まさに四面楚歌状態です。

 

小学3年生までは“先生は何でも教えてくれて守ってくれる存在”だと思っていた私は、心を引き裂かれ、今まで思っていた事を覆された屈辱感のような気持でした。

 

一気に「学校の先生」という存在が大嫌いになりました。

 

小学4年生の頃の記憶はほとんどなくなってしまっているのですが、恐らく学校にほとんど行っていなかったと思います。

 

それからの私は「学校の先生はクソ」という思考回路になってしまっていて、担任になる先生ばかりでなく、先生という先生にロクな奴はいないと考えるようになりました。

 

その証拠に今まで関わってきた先生の中に、異質な私の存在に触れる人はおらず、出来る事なら面倒ごとには関わりたくない!と態度で示してくるような奴ばかりでした。

 

教師を軽蔑しまくっている私は当たり前の如く、学生の間、先生の言う事なんて全く聞かなかったし、家で酷い事をされようが、クラス中から虐めに合おうが先生に相談しよう、助けを求めようなんて事は一切ありません。

 

今まで担任だった先生の名前も全く覚えていません。

 

先生も一人の人間ですから、臭い物には蓋をしたいだろうし、めんどくさい事に関わりたくないのは心情として理解できます。

 

別にGTOの鬼塚になれとは言わないですが、きっとあんな先生が実際にいたら私の学生生活も少しは変わっていたのかな?と考える事はあります。

 

学校に行きたくない理由は別にいじめだけが原因ではありません。私みたいに学校の先生が究極に嫌いで行きたくない人も沢山います。

 

まだ小さなカテゴリーで生きている子どもからしてみれば、学校というのは大きなカテゴリーで、学校の先生というのは絶対的な権力がある絶対的存在です、恐らく。

 

そんな先生に屈辱や心無い態度で与えられる絶望はとてつもなく大きいものです。

 

普通ならそんな先生がいれば守ってくれる親がいるもんですが、私にはその親すらいませんでした。

 

「死にたい」という思考回路は当時はありませんでしたが、常に現実を見るのが嫌で逃げていました。

 

逃げる所は近くの公園であったり、児童館であったりいろいろです。

 

ガチャピンも言っていたけど、自分にとって耐えきれない環境なんだったら無理してその場所にいる必要なんてありません。

 

現実から逃げている間、罪悪感なんてこれっぽちも感じなかったし、むしろ残酷な環境から解き放たれる解放感さえありました。逃げた先に自分を責める存在がいないんだから。

 

学生時代に嫌な事から逃げることによって、私は逃げ癖がついてしまったのかもしれません。

 

社会人になってから辛い事があると逃げ出し、時には無性に死にたくなることも沢山ありました。

 

でも今だから言える事があります。同じ逃げるでも死ぬのだけはダメだと。

 

「生きていたっていい事ない」確かにそうかもしれません、今は。

 

生きていると辛い事も沢山あるし、逃げ出したくなることばかりです。でもその分良い事も沢山あります。今がすごく辛い環境でも、いつかは自分を理解してくれて、居場所を見つけれて笑える日が必ず来ます。

 

大人になった私が学校で先生をしている人に言いたいことがあります。

 

実際に学校の先生に絶望している人が沢山います。

 

もしかしたら接しているその生徒は陰で酷いいじめを受けているかもしれない。

 

そしてもしかしたら先生に助けを求めているかもしれない。

 

でも「自分は何もできない」「最後まで責任をもってこの子を救えない」と感じるのなら中途半端に手を出さないでください。

 

中途半端に手を出す事によって、「結局この先生は自分のこと何も分かってないやん」と絶望し失望する可能性があります。

 

先生が中途半端に動く事によってより自体が悪化するかもしれません。

 

私が小学4年生の時の先生なんか問題外です。

 

先生本位のカッコよさなんてどうでもいい。簡単に教師ぶらないでほしい。

 

色んな先生と接してきて「あ、こいつ自分の行動に心酔しているだけだな」という人を沢山みてきました。自分では良い事しているつもり、良い事しようとしているつもり。

 

そんな行動は簡単に見透かされて失望させるだけです。そして無性に腹がたちます。

 

「なんも出来ないんだったら最初から手を出すな!手を出すなら最後まで責任持てよ!」

 

と先生嫌いな私が思うことです。

 

最後少し乱暴な言葉になってしまいましたが、私が先生をクソほど嫌いになったエピソードでした!おわり!

 

 

Sponsored Links
?

 

 

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

このブログがGOOD(σ´∀`)σと思われた方は読者登録をお願いします!!

ブログランキングに参加しています(*^ω^*)

応援してくれるとすごく喜びます!!


備忘録・雑記ランキング

にほんブログ村 にほんブログ村へ
にほんブログ村

いつも最後までご覧いただきましてありがとうございます。

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼

ブロトピ:ブログを更新しました! ブロトピ:ブログ更新通知をどうぞ! ブロトピ:今日のブログ更新 ブロトピ:はてなブログの更新報告♪