毒親に育てられ虐待され続けていた兄弟の話(第五話)

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前回の続きより・・・

 

正確なきっかけは正直覚えていない。

 

自分の記憶にあるのは、始めて両親に逆らってから状況が変化した。

 

成長するに連れて、身長も伸び、力もついてきて母親よりも体格が大きくなっていた。

 

ある日母親の機嫌が悪く、いつもの様に物で殴られるところだった。

 

自分の中で何かプツンと切れるものがあった。

 

「毎回毎回いい加減にしろ!!」

 

母親が持っていたものを奪いとり、逆に殴りかかったのだ。

 

何故かその時の情景はいまでもはっきり覚えている。

 

母親の酷くびっくりした顔がいつまでも脳裏に焼き付いている。

 

そして父親からの性的虐待も、始めて逆らってみた。

 

力ではかなわないとわかっているので、明らかな抵抗を見せてみた。

 

父親は抵抗する私に当たり前の様に殴る蹴るの暴力をしてきた。

 

初めて見せる抵抗に父親は正気を失っていたのであろう。

 

いつもなら避ける顔でもお構いなしになぐってきた。

 

おかげで顔が二か所真っ青に腫れた。

 

そのまま次の日何も手当などせず学校に行き、異常な様子に保健室に連行される事になった。

 

そこで担任と生活指導の先生に事情聴取をされたが、「ちょっと親と喧嘩をして・・・」と本当の事を話すことはなかった、いや人を信じてないので信じてもらえる訳がないと思い話すことはなかった。

 

 

私が初めて反抗して間もなく、両親と一番下の弟が私達がいる家ではなく、自営業で使っている事務所を住居にし、家を出た。

 

私達は事実上、捨てられたのである。

 

一銭も与えられず。

 

冬が始まろうとしている時期だった。

 

 

弟はさらにグレて家に帰ってくることはほとんどなかった。

 

見るたび見るたび痩せていっていたのを覚えている。

 

私は姉が高校生になっていて、バイトをしてたのでなんとかご飯は食べれていた。

 

ブレーカーが落とされていたので、ブレーカーがあるリビングに鍵を無理矢理こじ開けて入った。

 

ブレーカーを上げると、いつもどおり電気はきた。

 

洗濯やお風呂も外から無理矢理カギを壊し中に入る事でなんとかなった。

 

この頃から学校にまともに通わなくなっていた。

 

 

そんな生活がどれくらい続いたかは覚えていない。

 

ある日、児童相談所の職員と警察が家にやってきた。

 

一つ下の弟が町で暴れて補導され、事情聴取の際に家の現状を警察が知り、児童相談所の職員と警察が一緒に来たらしい。

 

児童相談所の職員は家の惨状を見るなり絶句していたそうだ。

 

「今から保護施設に行くので準備してください」

 

そのセリフだけ覚えている。

 

そのまま兄弟3人は児童相談所で一時保護される事となった。

 

 

その後両親に一度も会うことなく、養子縁組解除などの手続きを踏んで、親子の縁を切ることになった。

 

児童相談所で父親を訴えるかどうか聞かれたが、今の生活から解放されるのであればもうどうでもいいと思い、何もしなかった。

 

そして、児童相談所から養護施設に移動しそこでの生活が始まるのである。

 

長い時間虐待をされ続けた兄弟は、ようやく毒親から解放されるのであった。

 

続く・・・

 

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