旦那の母親も毒親なのか?と感じたエピソード

ども、こんにちはこんばんは!ミィナです。

 

結婚している奥様の皆様、旦那の母親、つまり義母とはうまくいっていますか?

 

順調にスムーズな関係を築けているという方、とても羨ましく思います。

 

ただ、質問掲示板やTwitterなどを覗いてみるとよくあがっている姑とのトラブル問題。

 

多少なりとも問題を抱えつつも日々耐え忍んでいる人も多いのではないかと思います。

 

今回は自分のストレスの捌け口になっちゃうかもしれないですが、私も決してスムーズな関係を築けているとは言えない嫁姑関係のトラブルエピソードを赤裸々にお話していきたいと思います。

 

それではスタート★

最初から歓迎されたお嫁さんではなかった件

付き合っている時から私が年上ということもあり、しかも地元の人間じゃないという変な理由からあまり交際に賛成していないご様子でした。

 

結婚の挨拶に行った時も影で旦那に「え?本当にあんな子と結婚するの?」といった具合に文句をタラタラいっていたそうです。

 

旦那は3人兄弟の末っ子でそれはそれは可愛がられて育てられていたみたいで、兄弟のなかでも特別に甘えさせられて育てられたと旦那本人が言っているくらいですから、母親の溺愛ぶりはそれはすごいものです。

 

旦那両親は自分たちが選んだお嫁さんと結婚してほしかったみたいで、結婚も両親の反対を押し切る形で入籍したようなものでした。

 

確かに私は高校卒業だし、親がいないし、育ちもいいわけではいりません。普通の両親だったらどちらかと言えば敬遠したい人になるでしょう。

 

結婚は家が繋がるともいいますし、そんな不安要素いっぱいの嫁なんか遠慮したい気持ちも十分理解できます。

 

ただ、旦那がそういう事も含めて私を選んでくれた事が素直に嬉しかったし、反対されても頑張っていこう!と最初は思っていたのです。

 

歓迎されてないというのは辛いですが、その内なんとかなるだろうと旦那と私の楽観主義がうまく働いた結果でもあるんですけどね。

子離れできていない典型的なお母様、そしてマザコン旦那

私は家庭の事情上、一般の家庭よりとても放任主義な家庭で過ごしました。放任というより放置的な感じではあったのですが・・・。(詳しくは過去記事をご覧ください)

 

なので一般家庭の温かさもよくわかってないし、親離れ・子離れがなんなのかということも全く考えたこともありませんでした。

 

今までマザコンなんて人種にも出会ったことがないし、それがどんなものなのかも理解していませんでした。

 

親を大切にするのとマザコンは大いに違います。

 

親を大切にするのは「共助」ですが、マザコンや子離れできないのは「依存」だと思うんですよね。

 

旦那と付き合っている時から、何かあると母親に電話をする旦那が理解できなかったし、外泊するのにも母親の許可がいるとか「一体何歳やねん!?」と正直思っていました。

 

外泊すると母親の機嫌が悪くなるから・・・と帰る日も少なくありませんでした。

 

でも、それ以外は波長も合うし一緒にいても楽しいので、別れるという選択肢はありませんでした。

過保護な上に過干渉すぎる

付き合っている時から「あんたは箱入り息子か!?」と突っ込みたくなる位、様々な事に口を出され、余計な心配をされモヤモヤする・・・の連続でした。

 

それが同棲&結婚してから輪にかけて酷くなっていったのです。

 

私が最初にブチ切れたエピソードは「ちゃんとご飯食べさせて貰えてるの?口に合わない食事ばかりなんじゃない?あれだったらご飯作りにいこうか?」という会話を私の目の前でされた事です。

 

本当にうぇぇぇぇっ!?ですよ!ちゃんとご飯も作っているし、どちらかといえば料理は好きな方で旦那も美味しい美味しいって言って食べてくれていました。

 

見た目もどんどん痩せこけていっている・・・というわけではなく、健康的そのものなはずなのに!ですよ。(思い出しても腹が立ってきました)

 

一緒に暮らし始めて最初の頃は1週間に1度は様子を伺いに来て、とてもとても心配する。

 

はたから見ていても「なんか変・・・、異常だ・・・」と感じた位です。(これが普通なのかどうなのか私には理解できませんが)

 

幸い合鍵は渡していなかったので突撃訪問!とかはなかったのですが、隠れて渡されていたら・・・と考えたらゾッとします。

 

最終的には私が旦那に切れて、旦那がお母さんに「そんなに頻繁に来なくても、なにかあったらこちらから連絡するから」という事で丸く収まりはしました。

 

子離れ出来てないって怖い・・・って本当に思った瞬間です。

思い通りに事が進まないと不機嫌になる義母

旦那の話を聞いていると「それって毒親なんじゃないの?」という事がよくありました。

 

とりあえずすごい気分屋で旦那が小さい頃から母親の思い通りに事が進まないとすぐに怒り出す人だったようです。

 

旦那と付き合っている時から、旦那がやけに顔色をうかがいながら私と付き合うもんだから、「なんでそんなに顔色ばかり気にするの?」と質問して分かったことでした。

 

母親を怒らさないように怒らさないように毎日過ごすのに必死だったというのです。

 

自分も恵まれた環境で育ったわけではないですが、聞いていて子どもの個性なり意思を尊重できないのってなんだか可哀想だな・・・と感じたのです。

 

だからなのか、旦那には反抗期がなかったそうなのです。

 

母親の機嫌を損なわないために、自分が我慢すればいいだけの話。あっけらかんとそう話す旦那を見ていて悲しくなりました。

現在の関係

旦那がマザコンだったのは事実ですが、付き合い当初と比べると随分変わった事があります。

 

いわば母親の言いなりだった旦那も、私が「いやいやそれって変じゃない?自分の思っている事を言ったらいいじゃん」と繰り返し言っているうちに、段々と親離れが進んでいき、ピシャっと母親に自分の考えを言うようになっていったのです。

 

自分はまだ母親になっていないので、子どもが自分の手から離れていく寂しさというのはわかりません。最大級の愛をかけて育てた我が子が手元から離れていくのは耐え難い寂しさなのだと思います。

 

普通であれば小学校高学年から中学生位にかけて子離れ親離れがあると何かの書物で読みました。

 

ただ二人にはそれが無かった。

 

今振り返ると旦那が23歳頃から25歳頃に遅い遅い反抗期が訪れたのだと思います。

 

現在の旦那を見ているときちんと親離れ出来ているし、べったりマザコン具合だったのが、今はマザコンというより母親を大事にする一人の男性です。

 

ただ相変わらず義母の子離れが出来ていない具合は進んでおらず、相変わらず過保護だし過干渉です。

 

最近敷地内に住居を構えるようになってからより顕著にわかるようになった気がします。

 

ただ義母も少しづつですが変わってきています。

 

私がとやかくいっても仕方がない事なので静観するしかないですが、私たちに子どもが出来たら何か変わるのかな?と小さな期待をしています。

文句を言うだけではダメだ、歩み寄らないと

結婚して最初の頃は、過保護過干渉に理解できない私は文句タラタラで愚痴の連続でした。

 

旦那も板挟みにされてとても苦しかったと今になって反省しています。

 

元々歓迎されていなかった嫁です。相当な努力をしないと認めてもらえる訳がありません。

 

その努力もせず、ずっと文句ばかりいっていたのです。

 

でも文句ばっかりいっていても何も解決しない。今まで歩み寄ろうとしてなかったので、そりゃ向こうも嫌な嫁に歩み寄ることなんて絶対しません。

 

これから子供も生まれてくるし、絶対に手助けが必要になります。いがみあっていても仕方ありません。

 

少しづつでもいい、自分も変わっていかなければ・・・と思う今日事の頃です。

 

 

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