妊娠16週と1日で破水【入院四日目】

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈前回の続きより

 

入院して4日目、ただひたすら絶対安静の為ベットにへばりついている日々が続いています。

 

私はハッキリいって食いしん坊です。

 

どんな時でも食欲が無くなるなんて事はなかったし、食に関しては誰よりもガメツイ女なんです。

 

それが入院してからというもの食欲が全くなくなり、入院して2日間位はほとんど食べ物を口に運べない状態でした。

 

お腹の赤ちゃんにも悪影響な事はわかってるんです、でもそれ以上にショックが大きすぎて食欲なんてわかなかったのです。

 

看護婦さんからも「食べないとお腹の赤ちゃんも育たないよ」と言われていたのですが、どうしても箸が進まず食べようとすると吐き気が・・・。

 

そんな入院四日目のお昼、昼食が運ばれて来た時の事でした。

 

食べる気力もわかずベットに横たわっていたのですが、次の瞬間お腹をボコボコと蹴られるような衝撃が。

 

お腹の赤ちゃんのがまるで「腹減ったぁ、ご飯食べさせろー」と騒いでいるかのようでした。

 

相変わらず吐き気はあるけど、赤ちゃんの為、赤ちゃんの為と唱えながら久しぶりに完食したお昼ご飯。

 

食べ終わる頃にはすっかり胎動?らしきものはありませんでしたが、心地いい満足感がありました。

 

看護婦さんも完食しているのを確認して、ホッとしたようで「これ以上食べない日が続くようだったら点滴になる所だったんだよー」と叱られてしまいました。

 

ご飯を食べたことで落ち込み気味だった気分も少し上昇気流に乗った気がしました。

 

食事ってすごく大事。

 

気分が落ちて辛くても赤ちゃんの為だと思って頑張ってご飯を食べなければと感じた入院四日目でした。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈次回に続く

妊娠16週と1日で破水【入院三日目】

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈前回の続きより

絶対安静の入院生活も3日目。

 

入院初日にトイレに行かないでいいようにカテーテルを入れられて過ごしていました。

 

「最初はすごく違和感を感じますがそのうちなれますからねぇ」

と笑顔でそう話す看護婦さん。

 

最初は確かにすごい違和感を感じた。と同時にものすごい不快感。

 

最初のうちはよかったのですが、カテーテルを付けて3日目。もうどうしようもないくらいの痛さでのたうちまわっていたのです。

 

「いや、この痛さ絶対おかしい」そう感じ、看護婦さんにヘルプミー。

 

担当医師に相談して見てもらうと膀胱炎になりかけていました。

 

急いでカテーテルを外して消毒してもらい、辛いカテーテルから解放されたのです。

 

感染症が一番怖い」

 

とされながら自ら身体に炎症作りにいってどうすんだよ・・・と内心思いながら、人生初のカテーテル生活が終了しました。

 

と同時に自力でトイレに行かないと行けなくなりました。

 

起き上がる時にどうしても腹圧がかかるので、その時に破水しないかどうか恐怖で仕方ありませんでした。

 

あれだけ大量に出ていた破水も、入院翌日からはかなり量が少なくなっていて三日目の今日は全くありませんでした。

 

内診もあったのですが、相変わらず担当医師の言うことは厳しいものですが、今日も変わらず元気にバタバタと動いている双子ちゃんでした。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈次回に続く

妊娠16週と1日で破水【入院二日目】

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈前回の続きより

 

目の前が真っ白というよりかは、目の前が真っ黒という表現の方が正しいと思う。

 

担当医師は一通り説明を終えると「厳しい判断になるとは思いますが、どうされるかご家族でよく話し合ってください」というような締めくくり方で説明を終えたと記憶している。

 

病室に戻って旦那と2人で泣いた。

 

せっかく迎えれると思っていた尊い2つの命。

 

なんて残酷な、私たち夫婦が何をしたというんだ!

 

悲しさと悔しさと混乱が入り混じった何とも言えない気持ちで感情が抑えられなくなって旦那にしがみついて泣いた。

 

時々感じれるようになった赤ちゃんの胎動。

 

私が号泣しながらも「まだ生きてるんだよー」と必死に訴えてきているかのように中からポコポコ蹴ってくる2人の赤ちゃん。

 

まだこの子達は生きてるんだ・・・。

 

そんな時、ホントに偶然旦那がある記事を目にしたのだ。

 

それはYahooニュースのトップページにあったらしいのだが、同じように17週で破水して何とか助かった赤ちゃんの記事だった。

 

その話を聞いた時に「まだ諦めちゃいけないんだ!可能性はゼロになったわけじゃないんだ!」

 

と小さな望みを胸に、この先どうなるかわからないけど、とりあえずやれる事はやってみようと一旦泣くのをやめました。

 

今の私に出来ることは、できる限り絶対安静にする事。

 

人生初のカテーテルを通し、洗面と食事以外の立ち上がり動作を禁じられました。

 

出産までの長い長い入院生活のスタートです。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈次回に続く

 

 

妊娠16週と1日で破水。またしても緊急入院する事に【入院一日目】

ども、こんにちはこんばんは!ミィナです。

 

書くかどうかとても迷ったのですが、自分の備忘録としても残しておきたいと思ったので、これから日記的に書いておこうと思います。

 

ひとつの経験談として参考にして頂ければ幸いです。

 

 

双子を妊娠して約5ヶ月。

 

その日も無理のないようにのらりくらりと過ごしながら、姉とたわいのない会話を電話でしている最中の事でした。

 

ゴロゴロしながら話していると、なんか股の間から何かが出ている感触がある。

 

「げっ!また出血してるかも」

 

そう思い急いでトイレに駆け込みました。というのも、つい一週間ほど前に結構大量に出血して、緊急入院し、やっと退院したばかりだったので、股からの違和感=出血だと思ったのだ。

 

トイレに行くと下着もズボンもべしょべしょで、まるでおもらしをしたかのようでした。

 

「あ、これ破水だ!」

 

不確かだけど、そう感じました。確認した途端パニックです。

 

破水なんて出産間近の人しかしないもんだと思っていたし、陣痛なんてものも全くない状態での破水。

 

いや、とりあえず危険な状態には変わりないというのは直感でわかったので急いで病院に電話しました。

 

病院からは「大至急病院に来てください」との事だったので、義母に車を出してもらい大慌てで病院に向かいました。

 

内診の結果、破水検査は陽性。

 

担当の先生の非常に険しい顔が脳裏から離れません。

 

診察してしばらくたった頃、仕事を切り上げて駆けつけてくれた旦那も到着し、状態の説明が行われました。

 

・16週という早い時期での破水は胎児にも母親にとっても非常に危険な状態です。

・万が一持ちこたえたとしても重篤な障害が残るかもしれないし、脳性まひになる可能性も非常に大きい。

・外部と繋がってしまったことで胎内感染を引き起こす可能性があり、そうなるともう助けられない

・〇〇さんの場合、糖尿病と甲状腺の合併があるから抗生物質や張りどめの点滴を打つことはリスクが大きすぎてできない

 

というような諸々の説明が粛々と伝えられました。

 

頭をハンマーでゴーンと思いっきり殴られたような気分になりました。

 

先生の口からは進んで「中絶」という言葉は出てきませんが、説明が全て中絶を進めているかのような説明に絶望感しか生まれませんでした。

 

ショックすぎて涙も出ない。ショックすぎて言葉も出ない。

 

ただ先生の説明をぼんやりと聞いていました。

 

そして緊急入院になりました。

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈次回に続く

【双子妊娠生活日記】出生前診断をするかしないか夫婦でとことん話し合う

ども、こんにちはこんばんは!ミィナです。

 

生まれてくる子供が五体満足で何の障害もなく元気に生まれてくることを望む事は親にとっては当たり前の事です。

 

今回は子どもが生まれてくる前に先天的な障害があるかどうか調べられる出生前診断について私たち夫婦の葛藤模様を書いていきます。

 

出生前診断をするかどうかというのは夫婦の中でも意見が分かれ、悩まれる方も多いかと思いますが、経験談のひとつとして参考になればと思いブログに載せる事にしました。

 

それではスタート★

 

出生前診断とは何か 

出生前診断とは生まれてくる子どもに先天的な異常があるかどうかを調べる検査の事です。

 

出産する年齢が高くなればなるほど子どもにダウン症自閉症などの先天的な障害が起こる確率が高くなると言われています。

 

「出産前に我が子の状態を知る事で心構えができる」などの理由から受ける方も多く、高齢出産になればなるほど病院からも検査を受ける事を勧められると聞きます。

 

染色体異常をを調べる方法は血液検査・羊水検査・絨毛検査があります。

 

ただこの出生前診断には賛否両論あり、万が一我が子に障害があると認められたらどうするのか・・・というナイーブな問題も含んでいる為、多くの夫婦が受けるかどうか葛藤するといわれています。

出生前診断を受けるかどうかを話し合った

私も決して若くなく、年齢的には高齢出産になります。

 

なので必然的に病院側から検査を受けるように言ってくるのだろうと思っていました。

 

ですが私が通院している病院では原則病院から検査を勧めることはなく、検査を受けるかどうかは各夫婦にお任せしているとのことでした。

 

出生前診断をするかどうか・・・、夫婦で結構話し合いました。

 

というのも旦那の姉の子どもが自閉症で近くで育児している大変さを目の当たりにしているので、あらかじめ検査を受け万が一障害がある時は備えられると思ったからです。

 

ただ旦那は頑なに「検査は必要ない」と言い切ります。

 

恐らく検査を受けて陽性だった場合、現実を受け止めきれないと言ったのです。

 

もしその事実を知ってしまうと自分は必ず中絶する道を選んでしまう・・・、そうはなりたくないと。

 

私たち夫婦は不妊症でなかなか妊娠できない苛立ちや、少なからずの負い目を感じて今まで生活してきました。

 

一回目の妊娠は流産。そんな中やっと授かった尊い命。

 

私も絶対に中絶なんかしたくない、その気持ちは合致していました。

 

ただどうしても付きまとう生まれてからの不安。しかも私たちの場合双子なので、二人とも障害があったらどうしようという懸念がどうしても脳裏によぎってしまうのです。

 

健康な子どもでも育てるのが大変な双子。その上障害を背負って生まれてきたら子どもの将来も背負ってきちんと育児をすることができるのか?

 

日々悩んで悩んで悩みぬきました。

夫婦で選んだ決断

日本で人口中絶手術ができるのは21週と6日までです。それ以降は「母体保護法」という法律があるため、人工中絶は出来なくなります。

 

なのでそれまでに決断をしなければいけませんでした。

 

周りの友達や知人からも検査は受けた方がいいというアドバイスもあり、実際受けた人の話を聞いても不安を取り除く一つの方法になるかもしれないと言われていたのです。

 

ただ滅多に良い事を言わない旦那が珍しく男前に良い事をいいました。

 

「せっかく授かった命。やっぱり中絶とかしたくない。障害がある事が不幸とかはあまり感じない。だって姉夫婦を見ていても確かに子育ては大変そうだけど、すごく幸せそうに暮らしている。生まれる前からあれこれ考えたって仕方がない。生まれた時に障害があった時に考えだしたらいいと思う。障害があっても可愛い二人の子どもにはかわらないよ」

 

力強くそう断言したのです。

 

旦那も旦那なりに葛藤して悩んでいたのだと思います。ただどんな子でも育てる決断は固く、ビシッとそう答える旦那をカッコいいと感じたのです。

 

自分の考えをすごくストレートに言ってくれて、散々悩んでいた気持ちも吹っ切れました。

 

母親がこんなんじゃいかんなとも思いました。

 

なので出生前診断は受けない事にしました。

 

不妊症で一度流産も経験し、なかなか子どもを授かれなかったからこそ出た決断だと思います。

 

恐らく結婚してすぐに何の苦労もなく妊娠していたら別の答えが出ていたかもしれません。

 

今回のチャンスを逃すと次回はもう訪れないかもしない、そんな不安も二人にはありました。

ナイーブな問題だからこそとことん話し合いを

確かに出生前診断を受ける事によって、安心したり、障害があっても備えられるかもしれません。

 

ただ万が一障害が発覚した時に中絶する人の方が多いと聞きます。

 

障害が発覚して、中絶しても出産しても、それは親のエゴかもしれません。

 

だけど夫婦によって考え方は本当にそれぞれなので、検査を受ける受けないかの答えは全く異なります。それを批判したり、否定したりするのも間違っていると思います。

 

誰だって可愛い元気な子どもに会いたいに決まっている。

 

だからこそ、とてもナイーブな問題だからこそ、夫婦で納得するまで話し合って決断する必要があると思うのです。

 

医療技術が進化して様々な事が知れるのはとても良い事ですが、場合によっては残酷な決断をしなければいけない事もある。

 

お腹の中の子どもも何も好きで障害を背負って生まれてくる訳ではありません。

 

頑張ってお腹の中で成長して、おんぎゃぁと全力で生きてやると生まれてくるのです。

 

だからこそ絶対に後悔しないように夫婦でとことん話し合って、その全力に答えてあげるのも親の役目だと、私はそう思います。

 

 

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旦那の母親も毒親なのか?と感じたエピソード

ども、こんにちはこんばんは!ミィナです。

 

結婚している奥様の皆様、旦那の母親、つまり義母とはうまくいっていますか?

 

順調にスムーズな関係を築けているという方、とても羨ましく思います。

 

ただ、質問掲示板やTwitterなどを覗いてみるとよくあがっている姑とのトラブル問題。

 

多少なりとも問題を抱えつつも日々耐え忍んでいる人も多いのではないかと思います。

 

今回は自分のストレスの捌け口になっちゃうかもしれないですが、私も決してスムーズな関係を築けているとは言えない嫁姑関係のトラブルエピソードを赤裸々にお話していきたいと思います。

 

それではスタート★

最初から歓迎されたお嫁さんではなかった件

付き合っている時から私が年上ということもあり、しかも地元の人間じゃないという変な理由からあまり交際に賛成していないご様子でした。

 

結婚の挨拶に行った時も影で旦那に「え?本当にあんな子と結婚するの?」といった具合に文句をタラタラいっていたそうです。

 

旦那は3人兄弟の末っ子でそれはそれは可愛がられて育てられていたみたいで、兄弟のなかでも特別に甘えさせられて育てられたと旦那本人が言っているくらいですから、母親の溺愛ぶりはそれはすごいものです。

 

旦那両親は自分たちが選んだお嫁さんと結婚してほしかったみたいで、結婚も両親の反対を押し切る形で入籍したようなものでした。

 

確かに私は高校卒業だし、親がいないし、育ちもいいわけではいりません。普通の両親だったらどちらかと言えば敬遠したい人になるでしょう。

 

結婚は家が繋がるともいいますし、そんな不安要素いっぱいの嫁なんか遠慮したい気持ちも十分理解できます。

 

ただ、旦那がそういう事も含めて私を選んでくれた事が素直に嬉しかったし、反対されても頑張っていこう!と最初は思っていたのです。

 

歓迎されてないというのは辛いですが、その内なんとかなるだろうと旦那と私の楽観主義がうまく働いた結果でもあるんですけどね。

子離れできていない典型的なお母様、そしてマザコン旦那

私は家庭の事情上、一般の家庭よりとても放任主義な家庭で過ごしました。放任というより放置的な感じではあったのですが・・・。(詳しくは過去記事をご覧ください)

 

なので一般家庭の温かさもよくわかってないし、親離れ・子離れがなんなのかということも全く考えたこともありませんでした。

 

今までマザコンなんて人種にも出会ったことがないし、それがどんなものなのかも理解していませんでした。

 

親を大切にするのとマザコンは大いに違います。

 

親を大切にするのは「共助」ですが、マザコンや子離れできないのは「依存」だと思うんですよね。

 

旦那と付き合っている時から、何かあると母親に電話をする旦那が理解できなかったし、外泊するのにも母親の許可がいるとか「一体何歳やねん!?」と正直思っていました。

 

外泊すると母親の機嫌が悪くなるから・・・と帰る日も少なくありませんでした。

 

でも、それ以外は波長も合うし一緒にいても楽しいので、別れるという選択肢はありませんでした。

過保護な上に過干渉すぎる

付き合っている時から「あんたは箱入り息子か!?」と突っ込みたくなる位、様々な事に口を出され、余計な心配をされモヤモヤする・・・の連続でした。

 

それが同棲&結婚してから輪にかけて酷くなっていったのです。

 

私が最初にブチ切れたエピソードは「ちゃんとご飯食べさせて貰えてるの?口に合わない食事ばかりなんじゃない?あれだったらご飯作りにいこうか?」という会話を私の目の前でされた事です。

 

本当にうぇぇぇぇっ!?ですよ!ちゃんとご飯も作っているし、どちらかといえば料理は好きな方で旦那も美味しい美味しいって言って食べてくれていました。

 

見た目もどんどん痩せこけていっている・・・というわけではなく、健康的そのものなはずなのに!ですよ。(思い出しても腹が立ってきました)

 

一緒に暮らし始めて最初の頃は1週間に1度は様子を伺いに来て、とてもとても心配する。

 

はたから見ていても「なんか変・・・、異常だ・・・」と感じた位です。(これが普通なのかどうなのか私には理解できませんが)

 

幸い合鍵は渡していなかったので突撃訪問!とかはなかったのですが、隠れて渡されていたら・・・と考えたらゾッとします。

 

最終的には私が旦那に切れて、旦那がお母さんに「そんなに頻繁に来なくても、なにかあったらこちらから連絡するから」という事で丸く収まりはしました。

 

子離れ出来てないって怖い・・・って本当に思った瞬間です。

思い通りに事が進まないと不機嫌になる義母

旦那の話を聞いていると「それって毒親なんじゃないの?」という事がよくありました。

 

とりあえずすごい気分屋で旦那が小さい頃から母親の思い通りに事が進まないとすぐに怒り出す人だったようです。

 

旦那と付き合っている時から、旦那がやけに顔色をうかがいながら私と付き合うもんだから、「なんでそんなに顔色ばかり気にするの?」と質問して分かったことでした。

 

母親を怒らさないように怒らさないように毎日過ごすのに必死だったというのです。

 

自分も恵まれた環境で育ったわけではないですが、聞いていて子どもの個性なり意思を尊重できないのってなんだか可哀想だな・・・と感じたのです。

 

だからなのか、旦那には反抗期がなかったそうなのです。

 

母親の機嫌を損なわないために、自分が我慢すればいいだけの話。あっけらかんとそう話す旦那を見ていて悲しくなりました。

現在の関係

旦那がマザコンだったのは事実ですが、付き合い当初と比べると随分変わった事があります。

 

いわば母親の言いなりだった旦那も、私が「いやいやそれって変じゃない?自分の思っている事を言ったらいいじゃん」と繰り返し言っているうちに、段々と親離れが進んでいき、ピシャっと母親に自分の考えを言うようになっていったのです。

 

自分はまだ母親になっていないので、子どもが自分の手から離れていく寂しさというのはわかりません。最大級の愛をかけて育てた我が子が手元から離れていくのは耐え難い寂しさなのだと思います。

 

普通であれば小学校高学年から中学生位にかけて子離れ親離れがあると何かの書物で読みました。

 

ただ二人にはそれが無かった。

 

今振り返ると旦那が23歳頃から25歳頃に遅い遅い反抗期が訪れたのだと思います。

 

現在の旦那を見ているときちんと親離れ出来ているし、べったりマザコン具合だったのが、今はマザコンというより母親を大事にする一人の男性です。

 

ただ相変わらず義母の子離れが出来ていない具合は進んでおらず、相変わらず過保護だし過干渉です。

 

最近敷地内に住居を構えるようになってからより顕著にわかるようになった気がします。

 

ただ義母も少しづつですが変わってきています。

 

私がとやかくいっても仕方がない事なので静観するしかないですが、私たちに子どもが出来たら何か変わるのかな?と小さな期待をしています。

文句を言うだけではダメだ、歩み寄らないと

結婚して最初の頃は、過保護過干渉に理解できない私は文句タラタラで愚痴の連続でした。

 

旦那も板挟みにされてとても苦しかったと今になって反省しています。

 

元々歓迎されていなかった嫁です。相当な努力をしないと認めてもらえる訳がありません。

 

その努力もせず、ずっと文句ばかりいっていたのです。

 

でも文句ばっかりいっていても何も解決しない。今まで歩み寄ろうとしてなかったので、そりゃ向こうも嫌な嫁に歩み寄ることなんて絶対しません。

 

これから子供も生まれてくるし、絶対に手助けが必要になります。いがみあっていても仕方ありません。

 

少しづつでもいい、自分も変わっていかなければ・・・と思う今日事の頃です。

 

 

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学校の先生という存在がクソほど嫌いになった理由

ども、こんにちはこんばんは!ミィナです。

 

新学期が始まり、いじめなどの理由でどうしても学校に行きたくない、行けない人の話題が連日ニュースやYouTubeTwitterなどで取り上げられています。

 

ガチャピン公式チャンネルでも「学校へ行きたくない君へ。」と題して、学校に行けない、行きたくない人向けに動画が上がっています。

youtu.be

某YouTuberのゆ〇ぼんのような乱暴な表現方法ではなく、悩んでいる人に寄り添う姿勢で約4分30秒の動画になっており、見ていると心に響く良い動画になっています。

 

私も新学期になるたび、新学年になるたびに「あー、学校なんか行きたくないなぁ」と感じていた一人。不登校とまでは行きませんが学校に行かない事がしょっちゅうありました。

 

今回は学校に行きたくなくなった原因の学校の先生のエピソードを書いていきます。

 

 

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当ブログで何度かお話させていただいているのですが、私(私たち兄弟)は小さいころから虐待をされて育ちました。

www.rococoro.xyz

虐待されている環境から、身なりも他の子と比べるとみずぼらしくて汚らしい恰好でした。毎日お風呂にも入れないのでとても「清潔」と呼べる身なりではありません。

 

それでも小学3年生の頃までは普通に学校に通っていました。まだそんなに周りの目も気にならず、周りもそんなにからかうような環境でもなかったからです。

 

でも学年が上がれば上がる程、周りと違う異質な存在として認識されるようになり、周りからも心無い言葉でからかわれる様になってきたのです。幼心にとても傷ついていました。

 

そんな中小学4年生の時に担任になった女の先生がいました。

 

まだ先生になって間もないらしく、私たちが初めて受け持つ学級担任だと始業式の日に話していた記憶があります。

 

新学年が始まってすぐに、やはり異質な存在の私は担任の目につく存在になり、「忌み嫌われている」というのが肌でヒシヒシと感じるほどでした。

 

そんなある日の朝礼の日。お風呂に毎日入れない私は自分で髪をとかしてはいるものの、髪ツヤもなくボサボサ頭です。

 

すると先生はみんながいる前で「〇〇さん、ちょっと前へ」と私を呼び出し、私の頭をまるで毛づくろいしながら何かを探すように触り始めたのです。

 

最初は「なんだ?」位に思っていたのですが、次の瞬間「〇〇さん、一体何日お風呂に入ってないの?こんな汚い恰好で学校にこないで。頭にシラミが湧いてみんなにうつったらどうするの?」と大きい声でみんなに聞こえるようにそう言い放ったのです。

 

毛づくろいのような作業はシラミが湧いていないかの確認作業。

 

あまりの恥ずかしさに私はみんなの顔を見る事が出来ませんでした。そして教室中からクスクス嘲笑うような笑い声。

 

私は居た堪れなくなり、教室から飛び出しその日学校に戻る事はありませんでした。

 

それからみんなの目が「あいつは不潔で汚い存在だ」と認定され、ばい菌呼ばわりされる様になりました。

 

ノートやテストの回収もわざと飛ばされたり、私が触れるものを次触るのを露骨に嫌がったり、クラス中からのいじめが始まったのです。

 

けしかけた原因を作ったのは担任の先生。先生も先生で「近寄らないで」と言わんばかりの対応の仕方です。

 

そこから地獄の1年が始まりました。みんなから虐められ、先生からも怪訝な顔をされ、まさに四面楚歌状態です。

 

小学3年生までは“先生は何でも教えてくれて守ってくれる存在”だと思っていた私は、心を引き裂かれ、今まで思っていた事を覆された屈辱感のような気持でした。

 

一気に「学校の先生」という存在が大嫌いになりました。

 

小学4年生の頃の記憶はほとんどなくなってしまっているのですが、恐らく学校にほとんど行っていなかったと思います。

 

それからの私は「学校の先生はクソ」という思考回路になってしまっていて、担任になる先生ばかりでなく、先生という先生にロクな奴はいないと考えるようになりました。

 

その証拠に今まで関わってきた先生の中に、異質な私の存在に触れる人はおらず、出来る事なら面倒ごとには関わりたくない!と態度で示してくるような奴ばかりでした。

 

教師を軽蔑しまくっている私は当たり前の如く、学生の間、先生の言う事なんて全く聞かなかったし、家で酷い事をされようが、クラス中から虐めに合おうが先生に相談しよう、助けを求めようなんて事は一切ありません。

 

今まで担任だった先生の名前も全く覚えていません。

 

先生も一人の人間ですから、臭い物には蓋をしたいだろうし、めんどくさい事に関わりたくないのは心情として理解できます。

 

別にGTOの鬼塚になれとは言わないですが、きっとあんな先生が実際にいたら私の学生生活も少しは変わっていたのかな?と考える事はあります。

 

学校に行きたくない理由は別にいじめだけが原因ではありません。私みたいに学校の先生が究極に嫌いで行きたくない人も沢山います。

 

まだ小さなカテゴリーで生きている子どもからしてみれば、学校というのは大きなカテゴリーで、学校の先生というのは絶対的な権力がある絶対的存在です、恐らく。

 

そんな先生に屈辱や心無い態度で与えられる絶望はとてつもなく大きいものです。

 

普通ならそんな先生がいれば守ってくれる親がいるもんですが、私にはその親すらいませんでした。

 

「死にたい」という思考回路は当時はありませんでしたが、常に現実を見るのが嫌で逃げていました。

 

逃げる所は近くの公園であったり、児童館であったりいろいろです。

 

ガチャピンも言っていたけど、自分にとって耐えきれない環境なんだったら無理してその場所にいる必要なんてありません。

 

現実から逃げている間、罪悪感なんてこれっぽちも感じなかったし、むしろ残酷な環境から解き放たれる解放感さえありました。逃げた先に自分を責める存在がいないんだから。

 

学生時代に嫌な事から逃げることによって、私は逃げ癖がついてしまったのかもしれません。

 

社会人になってから辛い事があると逃げ出し、時には無性に死にたくなることも沢山ありました。

 

でも今だから言える事があります。同じ逃げるでも死ぬのだけはダメだと。

 

「生きていたっていい事ない」確かにそうかもしれません、今は。

 

生きていると辛い事も沢山あるし、逃げ出したくなることばかりです。でもその分良い事も沢山あります。今がすごく辛い環境でも、いつかは自分を理解してくれて、居場所を見つけれて笑える日が必ず来ます。

 

大人になった私が学校で先生をしている人に言いたいことがあります。

 

実際に学校の先生に絶望している人が沢山います。

 

もしかしたら接しているその生徒は陰で酷いいじめを受けているかもしれない。

 

そしてもしかしたら先生に助けを求めているかもしれない。

 

でも「自分は何もできない」「最後まで責任をもってこの子を救えない」と感じるのなら中途半端に手を出さないでください。

 

中途半端に手を出す事によって、「結局この先生は自分のこと何も分かってないやん」と絶望し失望する可能性があります。

 

先生が中途半端に動く事によってより自体が悪化するかもしれません。

 

私が小学4年生の時の先生なんか問題外です。

 

先生本位のカッコよさなんてどうでもいい。簡単に教師ぶらないでほしい。

 

色んな先生と接してきて「あ、こいつ自分の行動に心酔しているだけだな」という人を沢山みてきました。自分では良い事しているつもり、良い事しようとしているつもり。

 

そんな行動は簡単に見透かされて失望させるだけです。そして無性に腹がたちます。

 

「なんも出来ないんだったら最初から手を出すな!手を出すなら最後まで責任持てよ!」

 

と先生嫌いな私が思うことです。

 

最後少し乱暴な言葉になってしまいましたが、私が先生をクソほど嫌いになったエピソードでした!おわり!

 

 

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